NEWS

ニュース

  • 社説:潮目
  • 24.05.27

時代を切り拓いた女性 桂由美氏の生き方こそが憧れ

 本紙は1987年の創刊当時から、桂由美氏を取材してきた。結婚式を盛り立てるためにメディアの力を重視していたからこそ、本紙ブライダル産業新聞に対しても、大きな期待を寄せてもらった。
 前編集長の思い出としては、2011年3 月11日、東日本大震災発生の日、本紙社長と桂由美ブライダルハウス7 階の応接スペースを訪れていた。
「あれ?地震かな」と足元が揺れ始めているのに、桂氏は意に介することなく話し続けた。本紙社長がたまらず「桂さん、机の下に潜りません」と声を掛け、応接テーブルの下に身を隠した瞬間、左右に激しい揺れが起き桂氏の後ろにあった大きな棚が倒れてきた。テーブルの天板が突っ掛かりとなり直撃することは無かったものの、あと数秒声掛けが遅かったら・・・
 翌週、編集長からお見舞いの連絡をしたところ、「人の心を晴れやかにし、幸せの輪を広げるブライダル業界の力が必要な時が必ず来る」と力強く話していた。その信念の強さを行動で示したのが、被災地の自治体や地元婚礼プロデュース会社等とコンタクトを取って開催した合同結婚式で、震災から3 ヵ月後の7 月3 日に、第一弾として岩手県釜石市の「鉄の歴史館」で10組を招待して実施した。
 編集長を引き継いで以降、未婚化、なし婚が増加している今こそ、改めて桂氏の足跡を業界に発信する必要性を感じ、2020年の新春号からスタートしたのが【Yumi Katsura千里眼】という企画だ。毎月取材で訪問するたびに、業界の苦境を憂いながらも、未来に向けた様々な提案を語っていた。その姿は飽くなき仕事人であり、何か思いついたら休日も関係なく即座に私の携帯が鳴ったものだ。
 こうした仕事人としての一面以上に、心に強く残っているのは凛とした強い女性像だ。何かの雑誌で年齢を書かれた時には、「女性に対して失礼なのよね」と苦言を呈していた。ブライダル産業フェアのステージで、足腰が思うように動かなかったため車いすを用意しますかと聞くと、「人前に立つときには、自分の足で歩くわ」と微笑んだ。これは一流のデザイナーとして、時代の最先端を歩んできたプライドであろう。
(詳細はブライダル産業新聞紙面にて、5月21日号)