LISTEN to KEYMAN

キーマンに聞く

接客者の「あり方」【Daiyu 執行役員 早野智子氏】

接客者の「あり方」【Daiyu 執行役員 早野智子氏】

 ワンバンケットながら年間190組を獲得してきた、鎌倉の人気施設【萬屋本店】。すでにコロナ禍の落ち込みから回復し、単価もコロナ前に比べても上昇傾向。その力になっているのが、台本に頼らずに『虎の巻』をベースにした新規接客であり、現在成約率は50%を大きく超えている。接客者の「あり方」を明確にしたトレーニングで接客方法を大きく転換してきた背景を、同施設を運営するDaiyu(神奈川県鎌倉市)の執行役員・早野智子氏に聞いた。

御用聞きにならないように

――求められている新規接客を、どのように考えていますか。

早野「通常、うちで挙げてくださいと頼むことが一般的で、会場のスタンスとしては受け身です。それに対して、人生で大切な結婚式をどうしていくのかを問いながら、新郎新婦と一緒に作っていくという意識が大切かと。当社では、即決を数年前に全廃。人生に一度の大事な決断を、価格、特典重視ではなく別の側面から決めてもらおうという方針を取ってから2 年が経過しています。」

 

―― その流れの中で、虎の巻を作成したわけですが、通常の接客台本との違いは。

早野「台本は以前からあったのですが、それだけでは顧客の個性、背景、選択理由、人生をとらえきれない。例えば見学に来た時に、なかなか目を合わせない新郎がいるとします。そうなると台本だけではない個別の対応が必要で、その部分こそが接客業において求められてくるものです。つまり接客者自身のスタンス。接客のやり方ではなく、【あり方】を明確にするのが虎の巻です。台本を覚えればやり方は習得できますが、【あり方】は接客者側自身の意識です。人生に関わるという考え方をもとに、【あり方】を定義したのが虎の巻で、コロナ直前の2020年3 月から進めてきました。」

早野「まずは、接客者としての心得から設計しています。例えばコロナの影響でフォトの需要は高まり、萬屋本店にも問合せは増えました。施設としてそのニーズを叶えたいと、企画を練って商品化を進めます。ただ自分たちは御用聞きではなく、人生を豊かにするための伴走者であることを念頭に、問合せの段階で写真にどんな意味を持っているのか、何故撮ろうと思ったのかを深く聞いていく。そこを深掘りすると、病気を患っている母がいるから、せめて花嫁姿だけでも見せて感謝の気持ちを伝えたいということが分かってきます。それならば写真だけではなく、スタジオで撮影する時間に母を招き、リアルに花嫁姿を見てもらい気持ちを伝えたらどうかと。問合せの段階からしっかりと掘り下げ提案する、つまり介入していくことを恐れないという心得です。」

 

――ファーストコンタクトで、そこまで踏み込むのは難しい面もあるかと。

早野「来店して、眠たそうにしている人もいます。私たちの心得としては、冒頭で今日は2人が貴重な休みを使って来てくれたからこそ、2 人の人生に真剣に関わろうと思っていることを伝える。だからこそ仮に眠いのであれば、絶対にいい時間にならないから改めていらっしゃったらどうですかと話します。結婚式の準備期間を通じて、新郎新婦も接客者ときちんと向き合うことが必要になっていくわけですから。そうするとハッとして、結婚式をキチンと考えなくてはと思ってもらえるわけです。その考え方を明確にしているのが虎の巻であり、人との向き合い方をスタッフにトレーニングしています。」

 

――いわば、新規来館者に対してもきちんと向き合ってくださいと伝えるわけですね。

早野「仮に即決の数字を求められると、恐らくやれないこと。今日決めなくてはいけないと企業側の姿勢が出た瞬間に、顧客としてもそれは何ですかと可笑しいことに気づくわけです。まずはきちんと向き合い、信頼関係を作っていく。実は萬屋本店にも、他会場で成約している人が改めて会場探しで来館することがあります。その際にも、まずは成約した会場の担当者に相談してから動くべきではと真剣に話します。それをしっかりと伝えるからこそ、仮に当社と契約に至ってもその関係性のまま当日に向かいます。」

 

――この虎の巻によって、来館も施行もコロナ前の水準に回復しているようですが。

早野「結婚式の本質的な価値がより求められているからこそ、私たちでないとできない価値を提供できるかが問われている。新規時に真剣に向き合うことで、その場でどんな内容がいいのか、披露宴でどんな過ごし方が豊かになるのかを提案できます。何となく和婚がいいからと言われて、御用聞きで神社を手配するのではなく、2 人が挙式を行うにあたってどんなことがベストなのかを追求していきます。先日結婚式を実施した新郎は、来館時から感謝をいう言葉に表情が曇っていました。そこに介入していくと、反抗期が長かったこともあり、両親への感謝以前にまずは謝りたいと思っているということでした。それならば一緒に謝る場所を作りましょうと。当日は式を行う前の時間に、個室で両親だけと共に過ごす時間を用意しました。結婚式でなければ、そうした機会や場所は作れないわけです。当社では新規に3時間を費やしていますが、クロージングの時間がない分、こうした背中押しの時間を設けています。そのためにプランナー自身も自らの人生を開示していく。プランナーからこうしましょうではなく、顧客自らが決断をしていく時間を提供しています。」

 

――虎の巻には、「沈黙はお客様が決断するための時間、その時間と向き合う」というあり方も示されています。

早野「接客者でありがちなのが、顧客が決められなかったという言い訳。ところが、実際には接客者が終わらせていることも多々あります。沈黙が怖いからご検討くださいと言い席を立つ、接客を終わらないといけないと考えがちです。あり方としては、目の前で悩んでいることに向き合う。沈黙はいわば、決断のために整理している時間でもあり、その悩んでいることに一緒に待つという姿勢が大切です。沈黙が嫌だからと自分から話をまくしたてるではなく、きちんと決めてもらうことが大切ですから。真剣に考えている時、人は沈黙するものです。」

(詳細はブライダル産業新聞紙面にて、12月11日号)